株式会社ヘンリーに入社しました

株式会社ヘンリー | コーポレートサイト

エイプリルフールではありません。いわゆるIC的なポジションで様々な問題解決に精を出す所存です。入社初日で、まだまだなにも成しておらずですが、成果がきちんと出せるように努力していきたい。退職エントリを書いたので取り急ぎ対となる入社エントリを。

Classi株式会社を辞めます(最終出社済み)

corp.classi.jp

このようなニュースがありまして。このタイミングにて、親会社への転籍ではなくて転職を選ぶことにしました。3/31まではClassiに籍としては残りますが、すでに最終出社を終えております。社としてのClassiは解散、という形になりますが、Classi、tetoruの両サービスは親会社の運営にてしっかり継続されます。

企業の解散といえば、にっちもさっちもいかなくなって解散する企業がほとんどの中、利益をしっかりと出せている状態で親会社に吸収合併される形で解散、というのは、会社の解散としてはだいぶ幸せな解散の形なのではないでしょうか、と思っています。思えば、会社の最後を看取るという経験は生まれて初めてのことです。2018年8月入社なので、7年半も所属してしまいました。きっかけがなかったらもっと所属したかもしれません。2020年に大きなインシデントを起こしたのち、ビジネス、利益としても一度大きくしゃがむタイミングがありましたが、その厳しい期間にVPoTを任せていただけて、ビジネスと向き合い続けた結果、きちんと利益を回復させることができました。もちろん自分の力には限界があり、じっさいにやってくれたのは仲間のみなさんだという実感はあるのですが、その中で起こった変化をVPという特等席で見せれもらえたのはたいへんな僥倖であったと思います。そして、なにより、7年半、ずっと楽しかった。しんどかったことはもちろんたくさんあるんだけど、今となってはしんどさは手応えの裏返しでもあったなと思います。7年半、ほんとうに、楽しかった。会社にいる間ずっと幸せな関係を会社と維持できていたのは本当にありがたいことです。ありがとう。

次は決まっていますが入社がまだなので、また報告します。

Classiのvaluesである「Love Difference」「Make (it) Happen」「Unlearn & Learn」はぼくの仕事の根本に刻まれた価値観となりました。この価値観はずっと持ち続けて仕事を続けたいと思います。社内、社外から応援してくださったみなさま、7年半ありがとうございました。

あ、そうだ。Xは謎の凍結にあっておりまして、Xを使っての連絡がつきません。これを機にXからは足を洗おうと思っていますので、連絡は別の方法からお願いいたします。メールは多分見ます。discord( @shinpei0213 )に一番います。

mstdnのおひとりさまインスタンスにもいます

しんぺい (@shinpei0213@mstdn.nekogata.com) - 猫型インスタンス

『エヴァンゲリオン放送30周年記念特別興行』によせて

みなさん、これ、観ました?

https://youtu.be/t6ju8O7a89g?si=B4jNd3yXsU3g9PPm

観た前提で話を進めるので、前情報なしで観たい、というひとはこの先の文章は読まないことをお勧めします。

自分でもびっくりすることに、最初の感想は「惣流・アスカ・ラングレーを見せてくれてありがとう」だった。そのあと、いい年をした大人がぼろぼろと涙を流してしまった。『Air/まごころを、君に』でぼくのなかのエヴァンゲリオンはとっくに終わっていたはずなのに、惣流・アスカ・ラングレーのことがずっと心のどこかにひっかかっていたのだなあ、というのがあきらかになった形だ。だから、その感情やその思いをここに書き残しておきたいと思った。

惣流・アスカ・ラングレーというキャラクターは、「母親に自分を見てほしい」という渇望と、その代償行為として「他人に自分を見てほしい」という気持ちから、自分の有能さを周りにむかって証明し続けなければならないという強迫的な思いに突き動かされていたキャラクターであった、という読み方は、そんなに不自然ではないはずだ。だからこそ、終盤に向けてその証明をできなくなっていった際に拠り所をなくしてしまったのだと思う。ぼく自身はそこまで強迫的な感じではないけれど、「自分の価値を"その働き"で証明しないと居心地が悪い」という感覚はずっとあって、ぼくは惣流・アスカ・ラングレーのそういう部分に「リアリティ」を感じていたと思う。

今回の作品は、アスカの母がアスカのことをきちんと見てくれるという世界に対して、アスカ自身が「ノー」をはっきりとつきつけたことがすごいと思う。自分が渇望していたはずのものが目の前にあってなお、「しっくりこない」としてそれを否定したわけだ。これは、逆説的に「母に見てもらえなかった自分」を含めて自分自身である、ということの確認作業であったように思う。その上で、それを受け入れて飲み込んだ上で「自分の役割を全うし、自分の価値を自分で認める」という結論に至っている。結局のところ自分の存在価値を自分の働きによって担保するという構造自体は変わらないようにみえる。みえるけれど、「他人が自分をどう見るか」ではなくて、「他人との関わりの中で、自分で自分を認める」という転回があるように見えた。そして、これは本当に大きな違いだ。自分の価値が、他人に依拠しているのか、他人と関わる「自分」に依拠しているのか。そして、この違いは、ぼくの心のどこかにずっと未消化のままひっかかっていた惣流・アスカ・ラングレーの問題にたいして、鮮やかな回答だった。

また、「エヴァンゲリオンのない世界で?」という問いに対して、アスカが明確に否定していたことも、ぼくにとってはかなり重要度の高い点だった。新劇場版シリーズについてはぼくはじつは「あっそう」という目で見ていたのだけれど、まあ一応観てはいて、今回の作品も新劇場版も、結論だけ取り出せば同じと言ってもいいと思う。つまり、「現実にそこにいるひとたちとの関わりの中で、現実の問題と向き合うことで、自己を確立していく」という結論。しかし、同じであると思うが、新劇場版が「エヴァンゲリオンを捨てること」でそれを成し遂げた(とぼくは読んだ)のに対して、今回の作品はたった15分弱だけれど「TVシリーズおよび旧劇場を捨てずに」その結論に辿り着いたのだと思う。そしてそれは、やはり"『Air/まごころを、君に』でぼくのなかのエヴァンゲリオンはとっくに終わっていた"と言いながらも心の中にずっとそれを持ち続けたぼくにとっては、端的に言ってとても嬉しいことだったんだと思う。そして、新劇場版でだれもできなかった乗り越えかたを、この作品の惣流・アスカ・ラングレーはしていると思う。だからぼくの最初の感想が「惣流・アスカ・ラングレーを見せてくれてありがとう」だったんだな。書きながら理解した。

涙になって流れた気持ちは、たぶん、あと何ヶ月かしたあとに、別の形をとる気がしている。つまり、いまのこの気持ちを、もう少し落ち着いて、距離をとって眺めたときには、違う言語化がおこなわれる可能性がけっこうあると思う。だけど、この記事は「いまの気持ち」を書き留めるための記事なので、これでいいのだ。そして、ここでとりあえず、おしまい。最後にもう一度、惣流・アスカ・ラングレーを見せてくれてありがとう。

錦玉もなかの新曲『ワルツを踊る猫』がリリースされています

ちょっと告知が遅くなってしまったのですが、錦玉もなかの新曲『ワルツを踊る猫』がリリースされています。

youtu.be

つるさんのボーカルが相変わらず素晴らしくて、見る角度を変えるたびに表情が変わる、素敵な歌唱だと思います。いつも思うんだけど、「押し付けがましい表現」がないにも関わらず、たいへんに表情が豊かな歌唱ってどうやったらこんなことができるんだろう。わたしはたいへん久々にコントラバスを弾きました。たいへん久しぶりに弾いたわりにはけっこうちゃんとニュアンスが出ていて、演奏もお気に入りです。

2025音楽活動振り返り - 猫型の蓄音機は 1 分間に 45 回にゃあと鳴く で書いた通り、去年の反省を生かして今年は音源をしっかりリリースしていきたい意向があって、先月のバンドのリリースに引き続き錦玉もなかでもリリースができたので、目標を着々と達成していてなかなかに偉い気がします。じつはあと一曲レコーディング済みの音源が手元にあって、こちらも早々にタイミングを見てリリースしたいと思っています。

で、そういう最新情報はなんと錦玉もなかのYouTubeチャンネルの「投稿」から追えるようになっています。ぜひチャンネル登録いただければ嬉しいです。

「バカみたいな理想」から出発したい

ふと思い出したのだけれど、高校生の頃、夢はあるかと聞かれ、「世界平和」と答えていたことがある。当時仲良くしていた女の子も「21世紀は戦争のなくなった世紀として記録されるべきだし、そうしたい」なんて言っていた。冷笑的に見れば、夢みがちな子供だったわけだ。その後、大学で人文学を学び、どうやら倫理というものは思っていた以上に一筋縄でいかないものであるぞ、ということを知ったりもした。仕事をして、40歳も過ぎれば、社会や世の中というのはそう単純なものでもない、ということを学んだりもする。いろいろな意味で「力」を持たないものが、理想だけを声高に叫んでも、仲間が増えるどころか、賛同者は減り、敵視されることが増え、もっと状態は悪くなるなんてことだってあたりまえにたくさんあるのを知ったりして、そういうナイーブな理想主義を見て「やり方ってもんがあるだろうよ」と思うようになったりもした。夢みがちな子供も、無事、年嵩を重ね、現実的な嫌な大人になったってもんだ。

だけど、ぼくのなかにはずっと「夢は世界平和」なんて間抜けたことを言っている高校生の頃の自分が住んでいて、最近、この高校生のころの自分がまたわーわーと騒ぎ始めているように感じたりもする。それは社会の状況の変化によるものもあるかもしれないし、自分自身が「子供還り」をする年齢になっているのもあるのかもしれない。もちろん、この「夢見がちなガキ」をそのまま表出するようなことはしない。大人になって、そんなことをしても世の中は悪くなる一方だと知ってしまったから。だけど、同時にこうも思うわけだ。やはり、「出発点」は常に理想であるほうが良い。というか、理想はたぶん「到達点」ではなく、「出発点」であることにこそ意味がある。

「現実主義」というのはたいへんにだいじなものであるとぼくは思っていて、現実的にものごとを見ることができなければなにひとつ現実の問題は解決できない。しかし、「現実的である」というのは、気をつけなければ「現状を全て肯定する作業」になってしまう。だから、「現実主義者という名の単なる現状追認の敗北主義者」にならないためにも、出発点は常に「バカみたいな理想」であるほうがいいのだと思うし、その出発点をたまに振り返る必要があるんだと思う。バカみたいな理想を出発点に持ちながら、現実的な問題の解決をしていく、そういうふうに生活していたいし、そうしないと、高校生の頃の自分に顔向けができないよな、と今日見聞きしたさまざまから考えた。という記録。

倍音についてちゃんと知りたくなった人がたどり着くための記事

音楽をやっていると、「倍音が豊かで〜」とか「倍音成分が〜」みたいな話がよく出てくる。よく出てくるのだけれど、じゃあ倍音ってなんなの、と聞かれてきちんと答えられるひとはそう多くないような気がする。わたし自身、ベーシストであり、かつレコーディングエンジニアでもあるので、倍音がどうだとか周波数特性がどうだとかいう話には日常的に触れているのだけれど、このあたりの話を「ちゃんと」理解するためにはどうしても避けて通れない概念があると思っていて、それがフーリエ合成とフーリエ変換である(あ〜まってブラウザバックしないで)。フーリエ変換、名前だけ聞くとなんだか難しそうだが、音楽に関わるひとにとってこれを「なんとなく」でも理解しておくことの価値はかなり大きいと思う。というわけで、今日はフーリエ変換の話をして、そこから「音色とはなにか」をちゃんと定量的に語れるようになるところまでいきたい。

すべての波形はサイン波の足し算でできている

まず大前提として知っておいてほしいのが、全ての有限の範囲の波形は、原理的にはサイン波の足し算で表すことができる、という事実だ。サイン波というのは、高校で習ったあの f(x)=sin(x) のあれである。

まって!! 帰らないで!!! 高校数学0点でもわかるように書くから! あれのグラフってなんかすごくなめらかな波になりますよね。シンセサイザーをさわったことがあるひとなら、オシレーターの波形選択で「サイン波」を選んだことがあるかもしれない。あのなめらかな「ぽー」という音の波は、f(x)=sin(x)のグラフの形をしている。サイン波は、音楽においては「純音」とも呼ばれる、もっともシンプルな波形である。

-2π 0 π 1 -1 x y f(x) = sin(x)

で、この節の最初の段落では、この「サイン波を足し合わせるだけで、全ての波形が表現できる」ということを言ったわけだ。「あんなシンプルな波を足し合わせるだけで、この世のあらゆる波形が作れるの?」と思うかもしれないが、作れるのだ。これはべつにわたしの主張ではなくて、数学的に証明された事実である。フーリエさんは、とても、すごい。

具体的な例を見てみるのがいちばんわかりやすいと思うので、矩形波(くけいは)を例にとってみる。矩形波というのはその名の通り四角い波形で、「ぽー」ではなく「ビー」みたいな、ちょっとファミコンっぽいやつだ。じつはこの矩形波、サイン波を足し合わせることで作ることができる。

やりかたはこうだ。まず基本となるサイン波を用意する。これに対して、3倍の周波数のサイン波を振幅1/3にして足す。さらに5倍の周波数のサイン波を振幅1/5にして足す。7倍の周波数を振幅1/7で足す。つまり奇数倍の周波数のサイン波を、その逆数の振幅で足していくわけだ。すると、足す成分を増やせば増やすほど、波形はどんどん矩形波に近づいていく。3倍音までだとまだ全然なめらかだが、9倍音くらいまで足すとだいぶ四角くなってくるし、99倍音まで足せばほぼ完全に矩形波である。無限に足せば完全な矩形波になる。

π/2 π 3π/2 0 1 -1 x y sin(x) のみ(1倍音) 3倍音まで 9倍音まで 理想的な矩形波 99倍音まで

ね? 矩形波がサイン波の足し算でできていることがわかったでしょう? この考え方をフーリエ合成と呼ぶ。あらゆる波形は、サイン波の足し算で表現できるのだ。

フーリエ合成とフーリエ変換

さて、いまやったように、サイン波を足し合わせて複雑な波形を作る操作のことを「フーリエ合成」という。で、その逆方向の操作、つまり、ある波形を「どの周波数のサイン波がどれくらい含まれているか」に分解する操作のことを「フーリエ変換(フーリエ解析)」という。

フーリエ合成が「サイン波を足して波形を作る」なら、フーリエ変換は「波形からサイン波を取り出す」だ。方向が逆なだけで、やっていることの本質は同じである。

フーリエ変換をすると、ある有限の範囲の波形について、「この周波数の成分がどれくらい含まれていて、この周波数の成分がどれくらい含まれていて……」ということがわかる。これはめちゃくちゃ強力な分析手法で、音響に限らずありとあらゆる信号処理の基盤になっている技術だ。

で、このフーリエ変換の結果を可視化したもの、つまり横軸に周波数、縦軸にその周波数成分のレベルをとったグラフを表示してくれる装置が「スペクトラムアナライザー」(通称スペアナ)である。DAWを使っているひとなら見たことがあるだろう。あのギザギザしたグラフのやつだ。スペアナが表示しているものの正体は、フーリエ変換の結果なのだ。

基音と倍音

さて、ここからがようやく本題というか、音楽をやるひとにとって実用的な話になる。

わかりやすくするために、前回のスペアナの結果をひとつ持ってこよう:

スペアナにある音を入力すると、いくつかのピーク(山)が表示される。このうち、もっとも低い周波数に位置するピークが「基音」だ。基音とは、その音の「聴感上の高さ」を表す周波数であり、倍音列の中で最も低い周波数成分のことである。たとえばベースの3弦開放のAの音をスペアナにかけると、55Hzのところにまずピークが立つ。この55Hzが基音だ。

そして、基音以外にもピークが立っているのが見えるはずで、これがいわゆる「倍音成分」である。たとえば基音に対して2倍の周波数、つまり110Hzのところにピークが出ていれば、それが「2倍音」だ。3倍の165Hzなら「3倍音」。この周波数がたくさん出ていれば、それは「2倍音を豊富に含む」とか「3倍音が強い」と言うわけだ。楽器やオーディオの世界でよく聞く「倍音が豊かで〜」というのは、つまりこのことを言っている。

さきほどのフーリエ合成の考え方からいうと、基音の周波数のサイン波と、各倍音の周波数のサイン波を、それぞれ適切な振幅で足し合わせると、元の音が再構成できる、ということでもある。これはさっきの矩形波の例と全く同じ理屈だ。矩形波が奇数倍音のサイン波の足し算で作れたように、あらゆる楽器の音も、基音と倍音のサイン波の足し算として理解できる。

「音色」の正体

さて、ここで大事なことを言う。「音色」とは何か。音色とは、おおまかに言えば、基音に対して何倍音がどれだけ含まれているかによって大きく決定されるものだ。

同じA(55Hz)の音を鳴らしても、ベースとピアノとサックスでは全く違う音がする。聴感上の音の高さは同じAなのに、「音色」が違う。この違いの正体が、倍音構成の違いなのだ。ベースのAとピアノのAでは、2倍音、3倍音、4倍音……の含まれ方がそれぞれ異なっていて、それが「ベースの音」「ピアノの音」という音色の違いとして聴こえている。偶数倍音が多く含まれる音は暖かく丸い印象になり、奇数倍音が多く含まれる音は鋭くはっきりした印象になる、ということが広く知られている。

前回の記事でアルダーローズのベースとアッシュメイプルのベースの倍音成分を比較したが、あの記事でやっていたことの背景にあるのがまさにこの考え方である。「音色が違う」ことを定量的に語るためには、「基音に対して各倍音がどのような比率で含まれているか」を調べればよい。スペアナの出番というわけだ。

時間軸で変化する音色

ところで、ここまでの話は「ある瞬間の波形」についての話だった。しかし、実際の楽器の音というのは、もっと動的なものだ。

実際の楽器の場合、「何倍音がどれくらい含まれるか」は時間軸で変化する。たとえばベースの弦をはじいた瞬間(アタック)には高次の倍音成分がバリっと出て、そこからサステイン(音が伸びている部分)に移行するにつれて高次の倍音成分が減衰していく。つまり、アタックの瞬間とサステインの間でも音色は変化している。言い換えれば、周波数成分は時間とともに変化しているわけだ。

だからこそ、楽器の音というのは「静的なスペクトラム」だけでは完全には記述できなくて、「時間軸に沿ってスペクトラムがどう変化するか」まで見ないと本当の意味で「音色を理解した」とは言えない。前回の記事の最後で「アタック部分だけスペアナにかけてみる、サステイン部分だけスペアナにかけてみる、などもできると面白いかもしれない」と書いたのはまさにこのことで、音色の「時間的な変化」を追いかけることは、次なる研究課題としてかなり面白いと思っている(やるとは言っていない)。

まとめ

というわけで、フーリエ変換から始まって音色の話までたどり着いた。まとめると、あらゆる波形はサイン波の足し算で表現でき(フーリエ合成)、逆に波形をサイン波に分解することもでき(フーリエ変換)、その結果を可視化するのがスペクトラムアナライザーで、音色とは基音に対する倍音の含まれ方で決まる、ということだ。

こういう原理を知っておくと、楽器やオーディオの世界にはびこるオカルトに対して「それ、スペアナで見たらどうなってるの?」という態度がとれるようになる。べつにオカルトを全否定したいわけではなくて、定量的に語れることは定量的に語ったほうが、議論の土台がしっかりするでしょう、というだけの話である。「このベースは倍音が豊かで〜」と言うのと、「このベースは基音に対して2倍音がひっこみがち、3倍音がでがちで〜」と言うのでは、後者のほうが圧倒的に情報量が多いし追試や検証や反証が可能でしょう? 追試や検証や反証はできたほうがよいんですよ。基本的にはエンジニアの気持ちとしては。

あと、まあ「オカルトは解き明かされるべきだよね」の立場からすると、「倍音が豊かなスピーカー」とかはたいぶへんなことを言っている。ということが見えてきませんか? つまり、入力された信号に対して、倍音が足されている? 音楽、フレーズが含む基音はひとつではない。縦にはハーモニーがあり、これは「同時に複数の基音が鳴っている」ということだし、横にはメロディーがあり、これは「時間軸でみたら複数の基音が鳴っている」ということになる。ここに対して、「倍音が豊か」とはつまりなにを言っているんだ? 「このスピーカーは倍音が豊か」と言っている人間はそれを理解した上で言っているのか? という「意地悪な見方」ができてきてしまうわけですね。あと、「倍音が豊かならそれでいいの?」「そんな単純な話なの?」という話も出てきますな。しかし意地悪であろうとなんだろうと、再現性の前にそれは関係ない。もういい大人なので、たとえば目の前のひとがそう言うことを言っていてもいちいち論破して回らないけれど、きちんとした理解に基づいて音色について話したいし検討したい、とは思っている。

ここで「歪み、あるいは増幅時のクリッピングと倍音」の関係について考えていくと結構おもしろいんだけど、それはトピックが散漫になってしまうので今回の記事からはスコープ外とする。

ミュージシャン、MIXエンジニアはどうすべきか

で、肝心のこういったことを知る、学ぶことが、演奏やミックスにとってどんな効果があるか、というとですね、これはまあちょっと言いにくいけど、明確に「ない」んですね。この読んだ時間返せよって感じかもしれないけど、まじで「効果はない」です。いや、厳密に言うと、「いい音がでたとき」になぜそういう音が出せたのかを分析できれば、もしかすると、再現性高くその音が出せるかもしれない。けど、そんなことよりも、ただ、世界のひとつの現象をより高い解像度で見る目を身につけることができるようになる。そういう目で音楽を聴いたり音楽をやったりするのは、かなり贅沢な音楽の楽しみ方のひとつだと思うんだよね。エンジニアとしてのわたしは、この「世界を見る目の分解能をあげる」ってことがそもそも「ただの楽しいこと」だとおもってやってるところがある。基礎研究みたいなもん。で、ミュージシャンとしてのぼくって、音楽って世界の神秘だと思っていて、その世界の神秘の「ひみつ」の一端を解き明かしていくなんて、とてもロマンチックで素敵な遊びだと思っている。つまり、なんだ、役立つからやってんじゃなくて、おもしれーからやってんだな。いいんです。大人の自由研究なので、それで。

アッシュメイプルのベースとアルダーローズのベースの倍音成分を調べてみる

楽器やオーディオの世界では、さまざまなオカルトめいた言説が幅を利かせている。曰く、電源ケーブルを変えると音が変わる、だとか、挙げ句の果てにデジタル記録メディアを変えると音が変わるだとか。わたしはこの手のオカルト全てが「嘘だ」と思っているわけではなくて、たとえばエレキベースにおいて木材によって音が変わる、というのは経験的にも「そうだろうね」と思っている。ところで、ジャズベースタイプと言えば60'sタイプと70'sタイプに大別されると思うが、まあおおまかに、60'sタイプはアルダーボディ、ローズウッド指板、70'sタイプはメイプルボディ、メイプル指板というスペックが「王道」であろう。実は違いは木材だけではなく、70'sのものはリアピックアップの位置がわずかにブリッジ側に近くなっている、というのも定番の違いだ。

さて、なぜか(?)わたしの手元には、今たまたま(?)アトリエZのジャズベースタイプであるM#245と、セイモアダンカントラディショナルシリーズのジャズベースタイプが存在する。ジャズベースタイプを2本所有するという罪を犯した記憶は都合よく忘れているので、「なぜか、たまたま」手元にあるのだ。アトリエZ M#245は木材としてはアッシュメイプルで、70'sスタイルに近いものだ。しかし、その「いかにも70'sジャズベーススタイル」なルックスとサウンドで勘違いされがちだが、じつはピックアップの位置は60'sスタイルを踏襲している。セイモアダンカンといえばピックアップメーカーとして有名だが、一時期ESPのOEMで楽器本体を販売していたこともあるらしく、私の手元にあるものはアルダーボディ、ローズウッド指板のものである。ピックアップレイアウトは60'sレイアウトである。

さて、ここで「オカルト」の話になるが、楽器の世界やオーディオの世界でどうしても「オカルト」がはびこってしまうのには、「完全に条件を揃えた比較」というのがたいへん難しい、という理由がたぶんあると思う。つまり、私の手元にあるこの2本のジャズベースタイプについても、どちらもジャズベースタイプ、ピックアップレイアウトが60's、とくれば「木材以外は同じ条件じゃん」と思ってしまいそうだが、そもそもインストールされているピックアップが異なる。ブリッジも異なる(ダンカンのほうはスパイラルブリッジ、アトリエのほうはバダススタイルのものだ)。ピックアップと弦の距離だとかフレットまでの弦の距離だとか、セッティングだって異なる。まあセッティングについては定規やフレットすり合わせで「極限まで揃える」ということをしようと思えばできないことはないが、個体が違う以上「完全に同じ」にはできない。演奏だって、弾き比べる際に「全く同じ演奏」をすることはできない。そういうわけで、厳密な比較や再現性を用意することがそもそも大変に難しいのが楽器やオーディオの世界である。

という言い訳をした上で、やはり、アルダーローズのベースとアッシュメイプルのベースには明確にキャラクターの違いがあると感じる。そこで、あくまで「一例」として、このキャラクターの違いをきちんと定量化して言語化してみよう、というのがこの記事である。

ところで、こういうサウンド比較をしている動画や記事というのは星の数ほどあるのだけれど、わたしはかねてからそれらの記事や動画への不満があった。それは、そのほとんどが聴感上の話しかしていないか、「フレーズを弾いたものに対してスペアナを刺したものを比べる」ものであることだ。まあ、楽器や音楽は聴感上のものが全てだろ、と言われればそうなんだけれど、わたしは楽器奏者であると同時にエンジニアでもあるので、それではちょっと気持ちがわるい、気分のすわりがわるいのだ。ちゃんと、定量化して、再現性のあることばで語りたい。「じゃあスペアナを比べる動画や記事でいいじゃん」という話もあるかもしれないが、これがまた難しいところで、前述の通り多くの検証では「フレーズを弾いたもの」に対してスペアナをかけている。じつは、フレーズを弾いたものに対してスペアナを刺しても、倍音がどのように出ているか、というのはわかりにくい。ハイがどれくらい出ていて、ローがどれくらい出ていて、ということはわかるが、フレーズにはいろいろな音の高さが混じってしまうので、基音に対して倍音がどのように出ているかがわかりづらくなってしまうわけだ。「音色」というのは、原理的には基音に対して倍音がどのように出ているかで決定されるので、音色を定量的に語るためには、フレーズを弾いたものをスペアナにかけるのではなくて、「単音」をスペアナにかけたほうが都合がよいはずである。

そのような発想をもとに、今回わたしは、「3弦解放A」「4弦5フレットA」をそれぞれBPM120において全音符ふたつ分伸ばしたものを、ふたつのベースで録音して、分析してみることにした。アトリエZのほうはアクティブベースなので、条件を揃えるためにアクティブサーキットはoffにしてある。直感的には、解放した状態で鳴らした音と押弦した状態で鳴らした音では、押弦した状態で鳴らしたもののほうが指板の影響を受けそうな気がする。演奏によるブレをなるべく排除するため、それぞれ4回ずつ録音して、傾向を調べることとする。というわけで、長い前段はここまで。では結果へGo。

結果

解放での比較

まず、アッシュメイプルのほうの4回の演奏(というかボーン、と一音鳴らしただけだけど……)をスペアナにかけたものを掲載する

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

続いて、アルダーローズのほう

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

押弦状態での比較

アッシュメイプル

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

アルダーローズ;

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

結果の考察

まず、全ての波形において、きちんと「ギザギザ」が出ていることを確認したい。3弦解放Aのピッチは55hzである。スペアナを見ると、一番低音側の山はまさに55hzのところにあり、これが基音であることがわかる。そこに対して、2倍音の110hz、3倍音の165hz、4倍音の220hz、5倍音の275hz、というように綺麗に整数倍音にピークが並んでいる。

では、これらのピーク部分について、それぞれ詳しくみていくこととする。

まずは解放弦同士を比べてみる。

それぞれにおいて、2倍音と3倍音のピークを比べてみると面白いことがわかってくる。 アッシュメイプルの2倍音(110hz)と3倍音(165hz)のピークをみると、だいたい同程度に出ている傾向があることが見て取れる。一方、アルダーローズのほうの2倍音と3倍音を比べて見ると、明らかに2倍音のほうが大きく出ている(というか、3倍音が引っ込んでいる)。3倍音と4倍音に注目しても同じようなことが言えて、アルダーローズは3倍音が引っ込んでいる結果3倍音よりも4倍音のほうがよく出ている傾向にある。一方アッシュメイプルは3倍音のほうが出ている傾向にある。

次に押弦同士で比べてみる。

2倍音と3倍音を比べてみると、木材に関わらずすべての波形で3倍音のほうが引っ込んでいる。しかし、引っ込み方の比率をみると、やはりアルダーローズのほうが3倍音が2倍音のレベル比でみたときに、より小さいレベルになっているように見える。3倍音と4倍音の比率を見てみても、はやりアッシュメイプルのほうが3倍音が出やすい傾向があるようだ。

これは、世間一般で言われている「アッシュメイプルは鋭い音、アルダーローズは暖かい音」という印象と一致する。つまり、アルダーローズのほうが偶数倍音が多く含まれるわけで、偶数倍音が多く含まれる音を一般に人間は暖かい、丸い音と感じるから。

おもしろいのが、この音の傾向の差が、押弦同士よりも解放同士で比べた方が顕著にみられるように見えるところだ。「直感的には押弦したほうが指板の影響を多く受けそうだ」と予想したが、スペアナをみるとその逆に見える。

とりあえず今回はこれくらいの分析でやめておくけれど、もっと上の帯域をじっくり見比べてみるとまた違いが見えてくるかもしれない。スラップ奏法をした場合などはまた違う波形が出てくるだろうし、音色は周波数特性だけで決まるわけではなく、トランジェントがどうなっているか、などにもよるので、まだまだ研究の余地はある。アタック部分だけスペアナにかけてみる、サステイン部分だけスペアナにかけてみる、などもできると面白いかもしれない。(なんか時系列でスペクトラムの変化を可視化するやつあるよね。あれほしいんだけど、なんて名前のやつなの?)とりあえず今日のところは、今回の条件で比べてみたところ、少なくともわたしの手元にある個体に関してはたしかにアルダーローズの個体のほうが世間で言われる「暖かい音がする」という「信仰」と物理現象が一致することがたしかめられた、と言っていいと思う。大人の自由研究はまだまだ続く(かもしれない)。しかし誰が読んで喜ぶんだ? こんな記事。