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日記 2016/8/4

しばらく、日記を意識的に書いてみようと思っている。

ちょっと訳あって「自分自身がどういう人間でどういうことを感じていてどういうことを考えているのか」ときちんと向き合ってみる必要があるなあということになり、「自己理解ワークブック」というものを始めてみた。

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学生のころ、というか文学部で、あるいは自室の暗い部屋でしこしこと哲学書読んだり小説読んだり音楽聴いたりしていた頃は、少しでも「自己啓発」の匂いがするようなものに対してかなり強いアレルギー反応があったので、こういう本を読むことは考えられなかったように思う(この本が自己啓発系である、ということを言いたいわけではなくて、「自分が」そこに何を感じるかというむしろ自分側の問題)。でも、それで結局「現実世界に生きてない」みたいな感じになってる(それはプログラマになってからも同じなんだけど)ままだと、現実を生きて行くのに対して問題がある。

今も構造の面白さとかそういうものに興味が強くて、だから自意識べったり音楽とかそういうものよりも、リズムの構造だとかコード進行だとか、あるいはメロディと歌詞の相互作用だとかそういうことを考えるのがとても好きだ。あるいは、あるビジネス要請があるときに、その要請に適切なプログラムのアーキテクチャはどんなものだろう、というのを考えるのがとても好きだ。だけど、そればっかりやってたら、現実の問題に関してあまりに無力すぎる。

という感じで自分は現実が本当に苦手で、だから「自分は自分のことをきちんと理解していないせいで現実に問題を引き起こしている」ということさえちゃんと理解していなかったのだけれど、そのあたりについてずっと妻が指摘をしてくれていた。が、「なるほどなあ」と思う程度でスルーし続けてしまっていた。ようやく「なるほどなあ」ではあかんぞ、となったとき問題になったのが、現実が苦手すぎて「じゃあどうすればいいんだろう」がわからないレベルであるということだった。プログラミングを始めたばかりの頃、「なにかここに問題があることはわかるんだけどなんて単語でググったらいいかわからない」とかそういう状況を経験したことのあるプログラマは多いと思うのだけれど、わたしは「自分のことをちゃんと知る」ということに対して今そんな感じで、「正直どっから手をつけていいのか」という感じ。そういう背景があり、まずはこの本から始めてみようという形で購入に至った。

実際に始めてみると、文学部時代のただひねくれていただけの自分だったら多分スッと入ってこなかったと思うのだけれど、必要性を感じて読むとこれは一種のハックとしてものすごく優れている(そりゃ膨大な先人たちの努力によってなされた研究が元にあるのだから、考えてみたら当たり前のことなのだけれど……)と感じた。実際、最初のほうのワークを少しやってみたところ、びっくりするレベルで自分の気づいていなかった自分の感情などを客観視することになり、びびっている。まだスライムにもてこずるレベルの自分にとって、この本と向き合うのは結構タフなことで、あと前書きで「ワークをやるときは事前と事後に十分な心の休養を取ってくれ」と書かれており、ニャオスではあるけれど今日はここで止めておこうと思ってストップしている。

もしかしたら、意識的に日記を書こう、と思い立ったのは、自分が学生時代文章を書くことで自分自身の気持ちを楽にしていた部分があったという経験から来た一種の防衛反応なのかもしれない。