アッシュメイプルのベースとアルダーローズのベースの倍音成分を調べてみる

楽器やオーディオの世界では、さまざまなオカルトめいた言説が幅を利かせている。曰く、電源ケーブルを変えると音が変わる、だとか、挙げ句の果てにデジタル記録メディアを変えると音が変わるだとか。わたしはこの手のオカルト全てが「嘘だ」と思っているわけではなくて、たとえばエレキベースにおいて木材によって音が変わる、というのは経験的にも「そうだろうね」と思っている。ところで、ジャズベースタイプと言えば60'sタイプと70'sタイプに大別されると思うが、まあおおまかに、60'sタイプはアルダーボディ、ローズウッド指板、70'sタイプはメイプルボディ、メイプル指板というスペックが「王道」であろう。実は違いは木材だけではなく、70'sのものはリアピックアップの位置がわずかにブリッジ側に近くなっている、というのも定番の違いだ。

さて、なぜか(?)わたしの手元には、今たまたま(?)アトリエZのジャズベースタイプであるM#245と、セイモアダンカントラディショナルシリーズのジャズベースタイプが存在する。ジャズベースタイプを2本所有するという罪を犯した記憶は都合よく忘れているので、「なぜか、たまたま」手元にあるのだ。アトリエZ M#245は木材としてはアッシュメイプルで、70'sスタイルに近いものだ。しかし、その「いかにも70'sジャズベーススタイル」なルックスとサウンドで勘違いされがちだが、じつはピックアップの位置は60'sスタイルを踏襲している。セイモアダンカンといえばピックアップメーカーとして有名だが、一時期ESPのOEMで楽器本体を販売していたこともあるらしく、私の手元にあるものはアルダーボディ、ローズウッド指板のものである。ピックアップレイアウトは60'sレイアウトである。

さて、ここで「オカルト」の話になるが、楽器の世界やオーディオの世界でどうしても「オカルト」がはびこってしまうのには、「完全に条件を揃えた比較」というのがたいへん難しい、という理由がたぶんあると思う。つまり、私の手元にあるこの2本のジャズベースタイプについても、どちらもジャズベースタイプ、ピックアップレイアウトが60's、とくれば「木材以外は同じ条件じゃん」と思ってしまいそうだが、そもそもインストールされているピックアップが異なる。ブリッジも異なる(ダンカンのほうはスパイラルブリッジ、アトリエのほうはバダススタイルのものだ)。ピックアップと弦の距離だとかフレットまでの弦の距離だとか、セッティングだって異なる。まあセッティングについては定規やフレットすり合わせで「極限まで揃える」ということをしようと思えばできないことはないが、個体が違う以上「完全に同じ」にはできない。演奏だって、弾き比べる際に「全く同じ演奏」をすることはできない。そういうわけで、厳密な比較や再現性を用意することがそもそも大変に難しいのが楽器やオーディオの世界である。

という言い訳をした上で、やはり、アルダーローズのベースとアッシュメイプルのベースには明確にキャラクターの違いがあると感じる。そこで、あくまで「一例」として、このキャラクターの違いをきちんと定量化して言語化してみよう、というのがこの記事である。

ところで、こういうサウンド比較をしている動画や記事というのは星の数ほどあるのだけれど、わたしはかねてからそれらの記事や動画への不満があった。それは、そのほとんどが聴感上の話しかしていないか、「フレーズを弾いたものに対してスペアナを刺したものを比べる」ものであることだ。まあ、楽器や音楽は聴感上のものが全てだろ、と言われればそうなんだけれど、わたしは楽器奏者であると同時にエンジニアでもあるので、それではちょっと気持ちがわるい、気分のすわりがわるいのだ。ちゃんと、定量化して、再現性のあることばで語りたい。「じゃあスペアナを比べる動画や記事でいいじゃん」という話もあるかもしれないが、これがまた難しいところで、前述の通り多くの検証では「フレーズを弾いたもの」に対してスペアナをかけている。じつは、フレーズを弾いたものに対してスペアナを刺しても、倍音がどのように出ているか、というのはわかりにくい。ハイがどれくらい出ていて、ローがどれくらい出ていて、ということはわかるが、フレーズにはいろいろな音の高さが混じってしまうので、基音に対して倍音がどのように出ているかがわかりづらくなってしまうわけだ。「音色」というのは、原理的には基音に対して倍音がどのように出ているかで決定されるので、音色を定量的に語るためには、フレーズを弾いたものをスペアナにかけるのではなくて、「単音」をスペアナにかけたほうが都合がよいはずである。

そのような発想をもとに、今回わたしは、「3弦解放A」「4弦5フレットA」をそれぞれBPM120において全音符ふたつ分伸ばしたものを、ふたつのベースで録音して、分析してみることにした。アトリエZのほうはアクティブベースなので、条件を揃えるためにアクティブサーキットはoffにしてある。直感的には、解放した状態で鳴らした音と押弦した状態で鳴らした音では、押弦した状態で鳴らしたもののほうが指板の影響を受けそうな気がする。演奏によるブレをなるべく排除するため、それぞれ4回ずつ録音して、傾向を調べることとする。というわけで、長い前段はここまで。では結果へGo。

結果

解放での比較

まず、アッシュメイプルのほうの4回の演奏(というかボーン、と一音鳴らしただけだけど……)をスペアナにかけたものを掲載する

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

続いて、アルダーローズのほう

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

押弦状態での比較

アッシュメイプル

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

アルダーローズ;

1回目:

2回目:

3回目:

4回目:

結果の考察

まず、全ての波形において、きちんと「ギザギザ」が出ていることを確認したい。3弦解放Aのピッチは55hzである。スペアナを見ると、一番低音側の山はまさに55hzのところにあり、これが基音であることがわかる。そこに対して、2倍音の110hz、3倍音の165hz、4倍音の220hz、5倍音の275hz、というように綺麗に整数倍音にピークが並んでいる。

では、これらのピーク部分について、それぞれ詳しくみていくこととする。

まずは解放弦同士を比べてみる。

それぞれにおいて、2倍音と3倍音のピークを比べてみると面白いことがわかってくる。 アッシュメイプルの2倍音(110hz)と3倍音(165hz)のピークをみると、だいたい同程度に出ている傾向があることが見て取れる。一方、アルダーローズのほうの2倍音と3倍音を比べて見ると、明らかに2倍音のほうが大きく出ている(というか、3倍音が引っ込んでいる)。3倍音と4倍音に注目しても同じようなことが言えて、アルダーローズは3倍音が引っ込んでいる結果3倍音よりも4倍音のほうがよく出ている傾向にある。一方アッシュメイプルは3倍音のほうが出ている傾向にある。

次に押弦同士で比べてみる。

2倍音と3倍音を比べてみると、木材に関わらずすべての波形で3倍音のほうが引っ込んでいる。しかし、引っ込み方の比率をみると、やはりアルダーローズのほうが3倍音が2倍音のレベル比でみたときに、より小さいレベルになっているように見える。3倍音と4倍音の比率を見てみても、はやりアッシュメイプルのほうが3倍音が出やすい傾向があるようだ。

これは、世間一般で言われている「アッシュメイプルは鋭い音、アルダーローズは暖かい音」という印象と一致する。つまり、アルダーローズのほうが偶数倍音が多く含まれるわけで、偶数倍音が多く含まれる音を一般に人間は暖かい、丸い音と感じるから。

おもしろいのが、この音の傾向の差が、押弦同士よりも解放同士で比べた方が顕著にみられるように見えるところだ。「直感的には押弦したほうが指板の影響を多く受けそうだ」と予想したが、スペアナをみるとその逆に見える。

とりあえず今回はこれくらいの分析でやめておくけれど、もっと上の帯域をじっくり見比べてみるとまた違いが見えてくるかもしれない。スラップ奏法をした場合などはまた違う波形が出てくるだろうし、音色は周波数特性だけで決まるわけではなく、トランジェントがどうなっているか、などにもよるので、まだまだ研究の余地はある。アタック部分だけスペアナにかけてみる、サステイン部分だけスペアナにかけてみる、などもできると面白いかもしれない。(なんか時系列でスペクトラムの変化を可視化するやつあるよね。あれほしいんだけど、なんて名前のやつなの?)とりあえず今日のところは、今回の条件で比べてみたところ、少なくともわたしの手元にある個体に関してはたしかにアルダーローズの個体のほうが世間で言われる「暖かい音がする」という「信仰」と物理現象が一致することがたしかめられた、と言っていいと思う。大人の自由研究はまだまだ続く(かもしれない)。しかし誰が読んで喜ぶんだ? こんな記事。