編曲やレコーディングを真剣にやり始めて、他人様に提供するようになってから随分と経つ。その中で、自分にとってはエレキギターの録音が最も難しい課題のひとつとしてずっと立ちはだかっていた。もうずっといろんな手段を試してみたけど、最近ようやく満足に片足突っ込んだ音を録ることができるようになってきたので、それについて書く。なお、スタンスとして「高い機材買いまくればそりゃいい音で取れるけど、そうじゃなくて創意工夫で現実的な範囲で最高の音を録りたいんじゃ」というスタンスです。
最初に結論
- 及第点出すならstrymon IRIDIUM買っとけば間違いない
- マイク録りするなら覚悟が必要。そこは底無し沼だ、気をつけろ。自宅でやるなら以下の戦略を取ろう
- 音量が小さくてもいい音が出せるセッティングを突き詰める
- マイキングがかんたんなセッティングを突き詰める
- 「手軽に安価でシミュレーターよりいい音」を出せるリグは以下の通り
- アンプヘッド:MV50-CL
- キャビネット:クローズドバックの1x12inch
- お好きな歪みやプリアンプペダル:おすすめはValvenergyシリーズ
- マイク:beta57a
strymon IRIDIUM買っておけば間違いない
これ。とにかくこれ買えば間違いない。買う、挿す、録るで及第点の音が出るバケモン。
VSTプラグインのいいところだめなところ
VSTプラグインとして機能するアンプシュミレーターにもいいものが結構あるのだけれど、それでもやっぱりクリーン〜クランチはどうしてものっぺりとしがちだと思う。あと、どうしてもピッキングに対してちょっと反応が悪いな、というものが多いですよね。そういうシミュレータは「ピッキングが悪くてもそれなりの音が出る」という意味では良いんだけど、じゃあ最後にミックスしてみたときに、どうしても存在感が薄くなりがち。シンセサウンドの楽曲にギターを足したいみたいなときはむしろその「のっぺりさ」が良かったりするし、集中して音源作ってるときは「意外といいじゃん」って思ったりもするんだけど、いざプロの音源を聞いたあと俯瞰の耳で自分の音を聞くと「あれ〜〜〜??? プロの音は"そこでアンプがちゃんとなってる立体感、空気感"があるのに、自分の音はなんか立体感がぜんぜんない!」となりがち。セッティングを突き詰めるとVSTプラギンでも立体感が出たりするのかもしれないが、正直セッティング詰めるの難しすぎる。
IRIDIUMが問題を解決してくれる
VSTプラギン系は「ニュアンスの出にくさ、立体感」に課題があった。
で、いろいろ研究した結果、ニュアンスのでやすさについては「アンプシミュレーションの部分の質」が支配的であり、"そこでアンプがちゃんとなってる感じの立体感、空気感"を作るのに支配的な要素はどうやらキャビシミュ、あるいはIR(インパルスレスポンス)なのだ、ということがわかってきた。つまり、アンプシミュレーション部分で演奏のニュアンスをしっかり出して、IR部分で立体感を出そう、という話になる。
Kemperの良いrigなどについては、この「アンプシミュレーションの部分」が頭抜けている印象で、正直そこに関してはIRIDIUMではかなわないかな、と思う。しかし、IRIDIUMについてはIRの部分がマジでよくできすぎていて、「あんまり設定突き詰めずにパッとさしてシュッと録る」だけでリアルアンプの音が耳元でする。すごい。しかもIRIDIUMのアンシミュ部分がダメなのかっていうと全然ダメじゃなくてこれもう好みのレベルでしょ、っていうくらい良い。
で、そうなると「じゃあべつにIRIDIUMじゃなくてよくて、いいIRデータ買って任意のローダーにつっこめばいいじゃん」という話になりそうなもんだけど、そうでもない。というのは、同じIRデータでも、IRローダーによって全然音が異なる。IRIDIUMはIRローダーとしてもめちゃめちゃ質が高くて、正直いって化け物じみている。また、roomノブで「空気感をどれだけ含めるか」というのが調整できて、「空気感、立体感」のリアルさで言うとIRIDIUMがまじで最強。
わたしは趣味としてさまざまなひとが録音したものを聴き比べていて、Kemperで録音されたもの、strymonで録音されたものをそれぞれいろいろ聞いたが、「デフォルト状態で、挿して録ったらもう"ちゃんとアンプがなってる音がする"」という点においてはKemperを大きく突き放してIRIDIUMが優れていると感じた。そして、実際に自分で使ってみても、「いままでVSTプラギンですごく一生懸命音作りしてたのなんだったんだ」って思うくらいにリアルなアンプサウンドが録れるし、お値段もKemperと比べたら全然お安いので(まあKemperほどの機能がないので、単純に比べるものではないのはそれはそう)、とりあえずギター宅録で及第点出すならIRIDIUM使っておけば間違いない。
IRIDIUMで満足できない場合はマイク録りに……しかしマイク録りには覚悟が必要
じゃあIRIDIUMでいいじゃん、となりそうなんだけれど、実はIRIDIUMにも苦手なところはある。それが「どクリーンの音色」だと思っていて、ちょっとサチュレーションがかかってきたり、クリーンよりのクランチくらいだと気にならなかった「ラインっぽさ」が、どクリーンだとまだ、少しだけ残っているのだ。ギター単体で聴くとそうでもないんだけど、オケに混ぜていくにつれて「あれ? プロの音と立体感、リアル感が違う」となっていく。そこでようやく「ついに……マイク録りか?」という話になる。結局IRは「スピーカーが空気を震わせてそれをマイクがひろったときにどうなるか」をシミュレーションしているわけで、それが追いつかない以上、「本当にスピーカーで空気を震わせてマイクで拾うしかない」という話になる。
しかし、マイク録りにはさまざまな問題がつきまとう。
- リアルアンプが必要(高い……)
- リアルキャビネットも必要(高い……)
- 騒音問題(でかい音でアンプ鳴らさないといい音でないんでしょ?)
- マイキングむずかしい問題(なんかアンビエントとか……オンマイクとかオフマイクとか……位相とか……オフアクシスとか……)
とくに問題になるのは騒音問題で、「外に出る音は小さい音で」というのは最優先というか「前提事項」となるはずだ。そうなってくると、その前提をもとにどうやっていい音で録るか、ということを考えることになる。
小さい音でいい音の鳴るアンプヘッドを使う
当然のことながら、家で twin reverb みたいなくそでか出力アンプをそのまま鳴らすわけにはいかない。そのまま鳴らせる環境があるひとはそれもうプライベートスタジオがあるようなもんで、ちまちま宅録用システム組むのなんかやめてとっとと最高の環境で録れという話になる。一方、じゃあ小さい音の出るアンプ、となると、だいたいがトランジスタのわけわからんカッチカチの音が出るような練習アンプがほとんどである。そうなってくると、実際の選択肢は実はそんなに多くない。
チューブアンプならば、5Wとか、せめて7Wくらいの出力のフルチューブアンプが限界だろう。たぶん7Wでもかなり住環境を選ぶと思う。5Wくらいの出力のアンプ、さいきんはそれなりに存在していて、blackstarとかLaneyのアンプは結構良さそうだった。音が好きならそれらを選ぶのもありだと思う。あるいは、自分の好きなアンプを買って、アッテネーターを利用して出力を下げるという方法もある。ただどちらにしても、コストがそれなりにかかってきてしまう問題はある。後述するが、自宅録音にオープンバックのキャビはハードルが高いので、オープンバックになってることが多いコンボアンプではなくてヘッド+クローズドバックのキャビ、というセットがおすすめになるが、そうなってくるとだいぶお金が……。まあライブでもリハでも使える、ということを考えたら安い、と思うこともできなくはなさそうではある。アッテネーターについてはUniversal AudioのOXがデファクトスタンダードとなっているが、まあ高いですよね……。また、歪みをアンプで作る場合、「そのアンプのキャラクターの歪みしか録音できない」という問題は起こる。べつのタイプの歪みを録音するためにまたヘッドを買って……ということができるのであればよいが……。好きなアンプヘッドとOX買えるなら素直に買っとけばそこでゴールだと思うのでそれでいいです。ぼくは無理です。
ではモデリング系のデジタルアンプはどうか。正直あまりおすすめしない。実は小規模なライブで使うには一台でいろんな音だせて便利だったりするんだけど、レコーディングのような「繊細なタッチまで拾いたい」みたいな用途にはやっぱりあまり向かないと思っている。例外としてFenderのtonemasterシリーズはかなり良さそうであった。まあでも物理的にでかいよねって話はある。この分野は日進月歩なのでそのうち真空管アンプはいらなくなるかもしれない。はやくその日が来て欲しい。
で、じゃあなにがおすすめかというと、Nutube搭載のVOXのMV50-CLと任意のプリアンプペダル(や歪みペダル)の組み合わせだ。MV50シリーズはどのアンプも素晴らしい音がするが、このMV50-CLは、真空管らしいニュアンスやコンプレッション感がしっかりありながらも、bassとtrebleを12時にするとかなりフラットな出音が出てくる。ギターの特性やピッキングニュアンスもかなり素直に出力される。また、MV50シリーズの中で唯一EQがtoneツマミでははくtreble/bassの2バンドとなっている。また、MV50の他のシリーズも歪みのキャラクターはかなりいいんだけど、どうしても「プリアンプ感」があって、「パワー管が真空管で駆動されている感じ」がしない。CLはMV50シリーズの中で一番パワー管まで真空管のアンプっぽい音が出てくる(実際はパワーアンプは真空管じゃないんだけど)。その特徴を活かして、これを「音量を落としてもいい音がちゃんと出る真空管パワーアンプ」として扱う。
MV50シリーズにはsend/returnがついていないことがよく弱点として挙げられるが、MV50-CLを真空管パワーアンプ扱いした上で、前段のプリアンプペダルや歪みペダルで好みのキャラクターをつけると良い。で、そのペダルの後段に空間系ペダルを入れてしまえば、「プリアンプでキャラ付け => send => 空間系 => return => パワーアンプで増幅」といういつもの考え方で音作りができる。本物の真空管アンプの歪みがほしいならNutube搭載のペダルを使えばかなりいいところまで行く。しかも、別のキャラクターの歪みや別のキャラクターのクリーンサウンドが欲しくなったら、ペダルだけ買い足せば良い。宅録環境としてはかなりおすすめできる考え方だ。valvenergy全シリーズ欲しい。
キャビネットにはクローズドバックの12インチ一発を使う。マイクは一本。多くてもオンマイク2本。
で、ようやくキャビとマイクの話。自宅録音で、アンビエントを録るのはおすすめしない。だって自室はいいアンビエントがあるスタジオじゃないんだから。そもそもアンビエントの環境がよくないのにいいアンビエント録るのは不可能。プラグインで高品質なリバーブをあとからかけて、アンビエントの代わりとしましょう。というわけで、宅録では立てるマイクはオンマイクだけがよい。で、そもそもマイク1本で拾えるのはスピーカーひとつだし、スピーカーは一発でよい。でかいし。
じゃあ何インチのスピーカーにすべきかっていうと、やはり12インチが置けるなら12インチを使うべきだろう。8インチのスピーカーも使ってみたことがあるが、ローは工夫次第でいい感じにできるんだけど、小さいスピーカーだとどうしても歪ませたときに音がへんにシャリシャリしてしまう。具体的に言うと8khzあたりが変なふうに再生される感じがする。それを狙っているのでない限り、ちょっとおすすめできない。EQであとから8khzあたり削ると少しマシになるので、どうしても部屋に8インチくらいまでしかおけない、というひとはそういう手段でトリートメントしてもいいかもしれない。しかしそういう場合は素直にIRIDIUM使った方が幸せになりそう。
そして、重要なポイントとして、オンマイクで録ることを前提に考えるのであれば、キャビはクローズドバックにするべきだと思う。オープンバックのキャビネットは、エアーで聴いているとすごくいい音なんだけど、それはフロントから出ている音とバックから出ている音がエアーでミックスされていい音に聞こえているわけで、この「耳に聞こえているいい音」をオンマイクのみで集音するのは不可能だと思った方がよい。「部屋鳴りは録らない。オンマイクのみ」の方針でいくなら、ぜったいにクローズドバックがおすすめである。実際ぼくは1ヶ月くらいずっとオープンバックのキャビで録音しては「どうしても耳で聴いているような音で集音できない」と悩んでいたが、このことに気づいてクローズドバックに変えたら「耳で聞いてる音にかぎりなく近い音」が簡単に集音できて拍子抜けした。
多分この自宅録音システムで一番金がかかるポイントがキャビだと思う。が、自作できるならばそうすると安く上がるという話はある。ぼくは友人が作ってくれた自作キャビを使っている。このキャビはオープンバックだったので、寸法を測ってホームセンターで木材を買って自分でクローズドバック化した。音をDIYしていけ。
マイクは何を使えばいい? どうセッティングすればいい?
定番はSM57で、実際いい音だと思う。ただ、これはわたしの趣味の話なんだけど、ちょっと高域がキツく、低域の解像度が低く感じてしまう。SM57を使うのであれば、もう一本コンデンサマイクなどを同時にたててミックスしてやりたくなる。一本のマイクで集音することを考えるなら、わたしのおすすめはbeta 57Aを使うことで、SM57のいいところを残しつつ、高域は少し滑らかに、低域も(コンデンサマイクほどではないが)解像度高く録音することができる。しかもお値段もお安い。推しです。SM7Bも結構良さそうだとおもった。ただ、どのマイクを使うかっていうのはこれはもう好みの問題で、普通にプロの現場で使われているようなマイクならなんでも好きなものを使うと良いと思う。Youtubeとかで比較動画とか結構上がっているのでそれを見て研究するのも楽しい。
マイクのセッティングについてはいろんなことを言う人がいるけど、ぼくがめちゃめちゃ参考にしたのはこの動画シリーズ。
ノイマンホームスタジオアカデミーはめちゃめちゃ勉強になるのでおすすめです。いろいろ実験してうまくなるしかない。
まとめと結論
- 2023年1月時点でわたしが暫定的に出した「IRIDIUMで満足できない体になってしまったひと向けのコスパ最強の自宅ギター録音環境」について書いた
- MV50-CLを真空管パワーアンプ扱いして、前段で好きなキャラクターをペダルで作ってその間をsend/return扱いする
- これで「小音量でも真空管のいい音」が手に入る
- キャビは12インチ1発、クローズドバックにする
- これで自宅でもいい音でマイキングすることができる
- マイクは好きなやつでいいと思う。マイキングは練習あるのみ。
strymon IRIDIUM使おう!!!!!!!! それで満足できるのが一番幸せ!!!! 沼に近づいてはいけない!!!!!
これ以上の音が欲しいならもう宅録はやめてスタジオ録音ですね。のお気持ちです。