タイトルはブラックサンダーのことです。いや、言いたいことはわかる。正直ガルボとブラックサンダーはだいぶ違う。チョコレートの中にココアクッキーが入っていれば実質同じみたいな雑な判断やめろ!!って話である。
ところで、なぜブラックサンダーの話かというと、tmrrさんという方の「ブラックサンダー!」という楽曲について、編曲、打ち込み、ギター演奏、男声パートのお手伝いをした話をしたいからです。
きっかけ
きっかけは以下のツイートでした。
そういえば、たい焼きの歌と同時期にブラックサンダーの曲も作ったので誰か歌ってください
— tmrr@1/27 アルカペラ (@tmrr_pc) 2018年1月17日
tmrrさんとは荻窪にある「アルカフェ」というアコースティックライブバーで行われているオープンマイクというイベントでお知り合いになりました。そのtmrrさんがブラックサンダーの曲を作ったと聞いて、軽い気持ちで「アレンジしたいな」と発言したのがきっかけです。なぜならぼくはブラックサンダーが好きだから……。安いのにおいしくて食べると幸せな気持ちになるブラックサンダーがぼくのこころをとらえて離さないから……。
しかし、その「軽い気持ち」はデモ音源と楽譜を頂いた瞬間に「本気」にかわることになります。
軽い気持ちが「本気」に変わる
頂いた楽譜とデモ音源は、メロディー譜と歌詞、それに一部仮のコードが振られた状態のものでした。これを受け取ってざっとさらった時点で、ぼくの気持ちは、「軽い気持ち」から「あっこれは本気やるべきだ」に急激に変化していました。それくらい良いものだったのです。
歌詞の面から
本人に確認したわけではないので、どこまでtmrrさんの意図を汲めているのかはわかりませんが、少なくともわたしは頂いたデモの歌詞の書かれ方から、あふれるユーモアと、単なるユーモアでは終わらない「表現されるべきなにか」を感じました。
「ブラックサンダー」は、言ってしまえば単なる駄菓子でしかありません(いや美味しいけれども)。それをあえて題材に選んでいる時点で、この楽曲の表現はかなり「力が抜けたユーモラスなもの」となっています。
しかしその一方で、(一聴すればわかるとおり)この楽曲は単に「ブラックサンダーのことをユーモラスに歌った歌」ではありません。注意深く聴けば、「ブラックサンダーが象徴する性質を持った誰かや何か、あるいはそれに惹かれるということ」を間接的に叙情、あるいは叙述していることが見て取れるでしょう。
ぼくはこういう手法に対して一種の信頼感を持っています。というのも、言葉を使うというのは常に無力感と向き合うことである、という気持ちを持っているからです。
ぼくたちの言葉は、あまりに明瞭で、説明的で、機能的で、端的です。明瞭で、説明的で、機能的で、端的な言葉を使って何かを語ってしまった途端に、言葉で表されてしまったその対象は「わかりやすい形に切り分けられてパッケージ化されたなにか」に堕してしまいます。たとえば、「会いたい」と言ってしまったら、それは「会いたい」という感情として切り取られ、理解されやすいパッケージに包まれてしまいます。「会いたい」という言葉の後ろには、おそらく、膨大な整理されていない感情や様々な過去などが未分化のままに横たわっているはずなのに。
それを避けるためには、対象について「直接語る」ことを丁寧に回避しながらも、その周りに共起するなにかに仮託して、間接的に語る必要があります。直接語れば常に毀損されてしまう「主観」は、ユーモアや俯瞰を取り入れたりして、とても迂遠な形で、そのまわりをウロウロとうろつくようなやり方でしか表現され得ない、とぼくは考えています。
話を戻すと、この「ブラックサンダー!」という楽曲を一聴したとき、ぼくは「あ、これは"軽い"形をしているけど、本気で取り組むべきものだ」と思ったのでした。それは、この楽曲がまさに「ユーモアとマジの間」「俯瞰と主観の狭間」にうまくボールを落としているように見えたからです(繰り返しになりますが、あくまでこれはぼくが勝手にそう感じたというだけで、どれだけtmrrさんの意図と一致しているかはわかりませんが)。
音楽的な面から
いくら歌詞が優れていたところで、音楽的に面白くなければ音楽はおもしろくありません。デモからは、音楽的にもぼくが「これは良いものだ!!!」と感じる点がありました。パッと聴いただけで、
- 要所要所に出てくるブルーノート
- Bメロ前半の半音で下がっていくベースライン
- そこから続く、男声パートと女性パートが入り乱れる2拍3連フレーズ
が、気に入りました。全体的にポップでありながら、ちょっと「不安定さ」を感じさせるこのような要素が、前述した「ユーモアに仮託された、ユーモアからはみ出ていくなにか」に説得力を与えているのです。これはいい。メロディーとベースラインからも、「基本的には快活なユーモアにあふれているのにひょいとその裏に潜んでいる"表現されるべきなにか"」が顔を覗かせる。名曲じゃないか。
というわけで、結構気合をいれて編曲作業をさせていただきました。
成果物
出来上がったのがこちらです。デモ時点で素晴らしかった上述の内容をなるべく活かす形にまとめ上げることを意識して編曲、打ち込み、演奏をしてみました。
ぼく自身はあまり「イチから創作物を作ること」が得意ではないのですが、作詞作曲家として0から1を作り上げる能力のあるひとを、編曲や演奏でサポートするのはとても楽しくやりがいのあることですね。今回は本当に楽しく編曲をさせていただきました。また機会があったらやりましょう。しかしこうして聴いてみると、男声ボーカルの下手さが際立ちますね!永遠の課題です。