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半径 3m のインターネットの話

久々の雑文。

「インターネット業界」みたいな感じのところで働いているのだけれど、わたしはあまりインターネットが好きじゃない、と感じることがある。でも一方で「やっぱりインターネット好きだな」って思うことも結構あって、わたしの中でインターネットに対する気持ちっていうのはけっこうアンビバレンツなものなんだな、って思う。というか、インターネットというのは大きすぎて、ある側面で見たら好きだしある側面は嫌い、みたいな、そういう当たり前の話かもしれない。

「インターネットは世界を変える!」とか「このサービスは確実に世界を少しだけ変えた」みたいなやつにわたしはあまり興味がなくて、というかむしろそういうのは嫌いなほうで、そういうこと言う人って多分スウェットを着てワゴンRでエグザイルを聞きながら深夜のドンキホーテでワンピースグッズを買って家に帰って県民SHOWを見てセックスして寝るみたいなひとたちのことをほとんど考えてない感じがするし、そういうひとたちのことが見えてない「世界」ってすごい滑稽だなって思う。

でも、一方でわたしは「半径 3m のインターネット」っていうのは大好きなのだなぁ、と思う。中学の頃は自分の周りは全員クソばっかりだと思っていて(今ならわたしがむしろ幼かったという部分があるということを理解できるけれど)、むしろインターネットのほうにこそ「本当の友達」(という言葉がすでに幻想ではあるけれど)がいる、と思っていた。ICQ の「カッコー」という音が、つまらない学校生活からわたしを解放してくれるみたいな感じがあった。今だって、やっぱり自分の半径 3m の友達を見渡すと、インターネットの縁が連れてきてくれた友人が多い。

インターネットは、わたしの半径 3m の現実を変えてくれた、という感じがある。昔、学校にいっても誰も、本当に誰も自分の考えを理解しようともしてくれないし、こんな馬鹿どもの話なんて何一つ面白くない、ろくに本も読まない、ものも考えない猿どもめ、などと思っていたわたしも、インターネットになら、自分の考えていることを聞いてくれて、相手の考えていることをもっと知りたいと思える人間がいた。

でも、多分わたしがあの頃 ICQ でしゃべっていた内容なんて、ちゃんと学校生活に適応できるひとたちが学校の友達と電話でしゃべったりしてることと似たり寄ったりだったと思う。わたしが特別賢かったわけではなくて、ただ、嗜好がちょっとだけ周りと外れていただけだ。わたしがICQでしゃべってたことなんて、ほんとうに他愛もない、同世代が普通にやってるようなおしゃべりだったと思う。

だから、インターネットはなにもコミュニケーションのあり方を変えたりなんてしてない。いつだってそこにあるのはただ自分から半径 3m の世界で人間たちが行うコミュニケーションで、ただ、偶然わたしの半径 3m は、インターネットによって支えられていた、というだけなんだと思う。でも、だからこそ、わたしはインターネットがなければ半径 3m の世界すら維持できなくていじけまくっていただろうし、そういう意味では、だれかの半径 3m を支えるためのインターネット、みたいなものがわたしにとってはとても大事で、そういうのがわたしにとっての「インターネット」なんだよな、と思っている。

少なくともコミュニケーションの世界では、インターネットは世界なんて変えていない。きっと、ネット上にあるコミュニケーションなんて無数の「誰かにとっての半径 3m」でしかないんだと思う。だって、インターネットで全世界のひととつながれる! ワオ! みたいなこと言ったって、現実として全世界のひとたちとコミュニケーション取ろうと思ったら、時間がいくらあっても足りないでしょう? 人間は、いつだって自分の半径 3m の人間としかコミュニケーションしない。でも、たとえ世界を変えないとしても、インターネットは少なくともわたしの現実の半径 3m を変えてくれたし、きっと今この瞬間もだれかの半径 3m の現実を変えているのだと思う。そういうインターネットのことなら、わたしも大好きだし、わたしもそういうインターネットを形作る一員としてやっていきたいな、なんて馬鹿げたことを考えながら仕事をしたりツイッターをしたりブログを書いたり、していることもあるよ、わたしは。