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よけいなプライドは捨てたほうがいいという話について書く

雑文を書く。

ぼくはどちらかとプライドが高いほうで、単なる趣味であるところの音楽でも「下手なところは見せられない」とか、「アレを聴いてないことが恥ずかしい」みたいな気持ちを強く持ってる。なんというか、「下手なところを見せたら舐められるんじゃないか」とか「アレを聴いてないとバカにされるんじゃないか」みたいなふうに感じてしまう。

で、こういう話をしてるとよく、「プライドを捨てよ、そして楽になるがよい」みたいなことを言う人間がどこからともなく現れてOSEKKYOを始めたりするのだけれど、そういうのに対しても結構大きな違和感を持っている。こういう「舐められたくない」みたいな気持ちがないと、クオリティの低いものばかり作り出す邪悪な人間になってしまうし、プライドがあるからスキル上がって行くみたいなところはあると思う。

一方で、こういうプライドがじゃまになることもたしかにあって、馬鹿にされるのが嫌だから/DISられるのが嫌だからと言って自分のやったこと、やっていることを内輪だけに見せたり「安心できる人間」にだけ見せたりしてると駄サイクルにはまり込んでしまう。そうすると結局クオリティの高いものを生み出すことができなくなってしまい、いつまでも「バカにされるんじゃないか」という不安が消えないということになる。

ぼくは毎日10時間寝ないと体調がおかしくなるし毎日電車に乗ると必ずお腹の調子を崩すし熱を出すという意識の低すぎる人間なので、どちらかというと駄サイクルに好んでハマっていく種類のクズなのだけれど、やっぱりこれは良くない。良くない、というのは、生産性がどうこうとか意義がどうこうとかそういう話じゃなくて、上で書いたように駄サイクルって結局、楽だけど根本的な不安が消えないから、楽しくない。おもしろおかしくない。

と、ずっともんもんとしている感じなのだけれど、最近は少しずつ「自分と誰か比べてもしょうがない」という気持ちになりつつある。多分 @9m さんとかあの界隈の、ぼくよりずっと若い人たちがものすごく優秀で、なんかどうでもよくなっちゃったんだと思う。ようやく、口だけじゃなくて本気で「自分はすごくない」と思えたんだと思う。 すごくないからすごくないコードを書くのが当たり前だし、すごくないから馬鹿にされてもしょうがない。あと、「プログラミングが好き」みたいな気持ちを共有さえできれば、スキルに差があっても結構みんな仲良くしてくれるものなんだなあというのもTwitterYokohama.pm、Hachioji.pm、Niigata.pm、NDSで実感できた感じもする。ただやっぱり周りがすごいとすごくない自分が悔しいし、その意味ではプライドを捨てたわけではなくて、なんというか自分の今居る位置を冷静に見れるようになったという感じかも。

そんなわけで、最近は生産したうんこコードをgithubとかに投げつけることに対してあまり抵抗を持たなくなった。プログラミングは基本的にずっと独学でやってきたし、あるいはwebで目立ってるスターエンジニアと一緒に仕事するみたいな機会もなかったけど(というか、そういう人に「見捨てられる」のが怖くてそういうところに近寄らなかったみたいなところある)、ようやくこれで「すごいひとたちに現在の自分を提示する」ということができるようになった感じがする。28歳にしてようやくスタートラインにたった、という感じだ。まだレベル低いけど、自分がおもしろおかしく生きて行くために「すごくない自分」を「自分がOK出せるレベル」まで持ち上げていきたい。